人形町の名称は、江戸時代に人形遣いが多く住んでいたと云われる。
又、人形町は、江戸時代は通りの名の総称として呼ばれていた。
大坂町、島町、住吉町、和泉町、堺町、芳町などが人形町通りに面し、
人形町と呼ばれていた。
人形町が、町名となったのは昭和8年(1933)。
日本橋人形町(旧)、日本橋芳町、日本橋蛎殻町(旧の一部)、
日本橋小網町(一部)、日本橋浪花町(一部)がひとつになり、
日本橋人形町が誕生した。

人形町は、太平洋戦争で被災を受けることなく昔ながらの町並みのある下町。
重要文化財指定の建物や古文書など貴重な資料が残る。
人形町1丁目の小菊通りには、
江戸時代から明治の初めまで、火消しポンプとして活躍した龍吐水(りゅうどすい)。
人形町は、江戸時代から、職人の町としても栄え、
江戸時代創業の老舗が、平成の現在まで軒を連ねている。
人形町2丁目の甘酒通りには、
中央区唯一のつづら職人「岩井つづら店」がある。
つづらは、竹と和紙でつくられた籠(かご)を朱や黒の漆(うるし)を塗布した工芸品。
軽くて通気性が良く、防虫効果があるつづらは、世代を超えた伝統工芸品です。
人形町3丁目の人形町通りには、
創業から220年以上続く「うぶけや」。
商品は、爪きり、はさみ、包丁など300種ある刃物専門店。
はさみや包丁の研ぎ直しも、1週間程度でしている。
人形町は、人形町通りを中心に、ひとつ路地を入るとワンダーランドと化す、魅力ある町だ。
